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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)66号 判決

原告

信越化学工業株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和58年12月14日、同庁昭和46年審判第5342号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用中、参加によつて生じた分は補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文第1項同旨及び「訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和42年11月10日、名称を「シート状基材面に非ブロツキング性の離型性被膜を形成する方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和42年特許願第72306号)をしたところ、昭和46年4月27日拒絶査定を受けたので、同年7月12日これを不服として審判を請求し、昭和46年審判第5342号事件として審理され、昭和52年10月14日出願公告(特公昭52―40918号)されたが、同年11月11日被告補助参加人から特許異議の申立てがあり、昭和58年12月14日、右異議の申立ては理由があるものとする旨の決定とともに、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、昭和59年2月8日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(イ)  分子鎖中に、単位式

(式中のRは置換もしくは非置換の一価の飽和炭化水素基、aおよびbはいずれも1以上の整数であつて、a+b≦3である)で示されるシロキサン単位を有するオルガノハイドロジエンポリシロキサン、

(ロ)  分子鎖中に、単位式、

(式中のR1は一価の脂肪族不飽和炭化水素基、R2は置換もしくは非置換の1価の飽和炭化水素基、cおよびdはいずれも1以上の整数であつて、c+d≦3である)で示されるシロキサン単位を有する粘度30万センチストークス以上(25℃)脂肪族不飽和炭化水素基含有オルガノポリシロキサン、および

(ハ)  白金もしくはその化合物の1種または2種以上、からなるオルガノポリシロキサン組成物をシート状基材面に塗布し、ついで加熱硬化させることを特徴とする、シート状基材面に非ブロツキング性の離型性被膜を形成する方法。

3  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、特許法第64条第1項の規定に基づく昭和53年8月7日付の手続補正書及び出願公告された明細書の記載からみて、前項記載のとおり(その明細書の特許請求の範囲の記載のとおり)と認められるところ、これに対し、米国特許第3、328、482号明細書(1967年6月27日特許。以下「引用例」という。)には、有機ポリシロキサン、例えば、次式の脂肪族不飽和炭化水素であるビニル基が末端に、かつ、けい素原子に直接結合した有機ポリシロキサン、及び有機ハイトロジエンポリシロキサン並びに硬化触媒としては塩化白金酸とからなる組成物を加熱により硬化し、離型剤として用いることが、そして、ポリシロキサンのシロキサン単位として、分子鎖中にビニル基がけい素原子に直接結合したシロキサン単位も包含されてよいことが、それぞれ記載されている。

そこで、本願発明と引用例記載の発明とを比較してみると、①本願発明の(ロ)成分は、分子鎖中にけい素原子にビニル基が直接結合したシロキサン単位を含み粘度が30万センチストークス(25℃)以上である有機ポリシロキサンである点及び②本願発明は非ブロツキング性に優れた離型性被膜を形成する方法である点であるのに対し、引用例記載の発明は、これらの点が具体的に記載されていない。しかしながら、その余については、両者は軌を一にしているものと認められる。

そこで、右相違点について検討すると、①引用例には、本願発明の(ロ)成分に相当するものとして、分子鎖両末端にビニル基を有する重合度約200のポリシロキサンが示されている。しかしながら、このポリシロキサンは、好ましいポリシロキサンの一例として、具体的に化学式をもつて示されたもので、更には、引用例には、分子鎖中にビニル基がけい素原子に直接結合したシロキサン単位を含んでも良い旨が示唆されている。また、引用例に示されたポリシロキサンは、具体的には粘度(25℃)が示されていないが、該ポリシロキサン、すなわち、重合体は、その重合度の範囲が特に限定されておらず、引用例記載の発明の目的の範囲であれば、その重合度の上限は限定されないものと解されるので、引用例記載のポリシロキサンは、粘度30万センチストークス(25℃)以上の重合度を有するポリシロキサンを排除しているものとも認められない。してみると、本願発明の(ロ)成分は、引用例に示唆されたポリシロキサンと比べ、特に差異があるものとも認められない。②引用例記載の発明は、剥離剤に係るもので、該剥離剤はガラス、木材、紙等の表面を処理し、接着剤、粘着剤に対し、良好な剥離性を示すことを明らかにしている。しかしながら、非ブロツキング性及び離型性について、具体的数値をもつて該性質を明らかにしていない。しかし、引用例記載のものは、本願発明と技術分野が格別異なるというものでもなく、かつ、両者は剥離性能を問題とする点でも共通し、また、本願発明の(イ)、(ロ)及び(ハ)成分において、引用例記載のものと特に明確に異なるものとも認められないので、本願発明で奏する効果も、予測し得る程度のものと認められる。

以上のとおりであるから、本願発明は、引用例記載のものから当業者において容易に推考し得た程度のものと認められる。

したがつて、本願発明は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許することができない。

4  本件審決を取り消すべき事由

引用例に本件審決認定の記載内容があること、引用例に示されたポリシロキサンは具体的に粘度(25℃)が示されていないこと、及び引用例に、本願発明の(ロ)成分に相当する、分子鎖両末端にビニル基を有する重合度約200のポリシロキサンが好ましいポリシロキサンの一例として、具体的に化学式をもつて示されていること、並びに本願発明と引用例記載のものとの間に本件審決認定のとおりの相違点①及び②があり、その余の点について両者は軌を一にすることは認めるが、本件審決は、相違点①及び②についての判断を誤り、ひいて、本願発明をもつて引用例記載のものから、当業者が容易に推考し得た程度のものであるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである。すなわち、

1 相違点①についての判断の誤りについて

本願発明の(ロ)成分のポリシロキサンと引用例記載の発明のポリシロキサンは、全く別異のものである。すなわち、引用例記載の有機ポリシロキサンとして、本件審決が例示した化学式をもつて示された脂肪族不飽和炭化水素であるビニル基が末端に、かつ、けい素原子に直接結合した重合度200のポリシロキサン(以下「甲ポリシロキサン」という。)は、その分子式及びA.J.Barryの式 (logηc.s./25℃=1.00+0.0123M0.5  ただし、分子量Mは2500以上ηc.s./25℃は25℃における粘度(センチストークス))により計算すれば、分子量16312、粘度約372センチストークス(25℃)となる。一方、本願発明の(ロ)成分は、粘度30万センチストークス(25℃)の場合、A.J.Barryの前記の式によると、その分子量は約132490となり、重合度はポリジメチルシロキサンの基本単位の分子量が74であるから、甲第4号証に示されたようにP=M/74(ただし、Pは重合度、Mは分子量を示す。)で表すことができるから、その重合度は1790となり、したがつて、粘度30万センチストークス以上(25℃)の本願発明の(ロ)成分の重合度は、1790以上となる。このように、本願発明の(ロ)成分と引用例記載の甲ポリシロキサンとは、重合度及び粘度において顕著な差異があり、引用例記載の甲ポリシロキサンが本願発明の(ロ)成分と別異なものであることは明らかである。本件審決は、引用例記載のポリシロキサンは、その発明の目的の範囲内であれば重合度の上限は限定されていないし、粘度30万センチストークス以上(25℃)の重合度を有するポリシロキサンを排除しているものとも認められない旨認定しているが、引用例は、好ましいポリシロキサンの代表例として甲ポリシロキサンを化学式をもつて示しているのであるから、そこにはおのずから限定があるはずで少なくともこれに近い重合度、粘度範囲のものを引用例記載の発明の目的にかなうものとして示しているものというべきである。引用例記載の発明は、ポリイソブチレン添加による離型性調節のみを目的とするものであつて、この目的と関係のない非ブロツキング性を目的とする本願発明の(ロ)成分とその重合度、粘度等を異にするのは当然である。したがつて、引用例記載の甲ポリシロキサンとは桁違いの高粘度の本願発明の(ロ)成分までも引用例記載の発明の目的の範囲内のものということはできず、本件審決が本願発明の(ロ)成分が引用例記載の甲ポリシロキサンと比べ特に差異があるものと認められないと判断したのは誤りである。被告は、本願発明の「30万センチストークス以上(25℃)」という粘度に関する限定が本願発明の作用効果との結びつきにおいて臨界的意味をもつものでない旨主張するが、本願発明の明細書中には、本願発明は、粘度を限定した(ロ)成分を必須成分とする処理液によつて、(1)比較的低温(50~100℃)、短時間(30~60秒)の加熱処理後に十分な離型性の硬化被膜が得られ、(2)加熱温度を100℃以上特に140℃以上にすれば5~30秒以内のような極めて短時間に硬化被膜が得られること、(3)いずれの場合にも、ブロツキング現象がみられないなどの作用効果が得られること(甲第2号証第2頁第3欄第11行ないし第42行)を明らかにしており、実施例1及び2並びに第4表によって粘度30万センチストークス以上(25℃)の限定が作用効果に臨界的意味を有することは、当業者において容易に理解することができる。引用例には、分子鎖中にビニル基がけい素原子に直接結合したシロキサン単位を含んでも良い旨の示唆があることは認めるが、これはあくまでも本願発明の(ロ)成分とは比較にならない低粘度であり、使用する対象はセルロース質シート(甲第3号証第3欄第48行ないし第52行)のような浸透性基材である。引用例は、低粘度オルガノポリシロキサンとイソブチレン単位から本質的に構成されるポリマー材料とからなる離型性組成物をセルロース質の浸透性基材に処理することを開示するのみで、ブロツキングについて全く記述がない。このような低粘度のオルガノポリシロキサンはラミネート紙、プラスチツクフイルムのような非浸透性のものには「はじき」現象を生じて均一に塗布できないため、当時においても実用性がなく、この種の塗布は本願発明の(ロ)成分のような高粘度品でなければ不可能である。したがつて、当業者が引用例の示唆に基づいて粘度30万センチストークス以上(25℃)のオルガノポリシロキサンを採用することは、容易ではなかつたものである。また、本件審決指摘の引用例における分子鎖末端ビニル基がけい素原子に直接結合したオルガノポリシロキサン及びハイドロジエンポリシロキサン並びに塩化白金酸からなる組成物の硬化反応は、本願発明と同じ付加反応ではあるが、これは、硬化によつてエラストマーとすることができるオルガノポリシロキサン自体の硬化反応の一類型として、他の縮合反応型とともに紹介されたものにすぎず、したがつて、引用例記載の発明から30万センチストークス以上(25℃)のオルガノポリシロキサンを限定し、非ブロツキング性効果を得る本願発明の技術的思想を求めることは不可能というべきである。叙上の点に対する被告補助参加人主張の事実中、引用例記載の発明が、その特許出願前に公知であつたシリコーン離型剤の離型性を弱め、適度の離型性を有する離型剤を得るため、ポリイソブチレンを添加した発明であり、引用例にはポリシロキサンの種類と硬化剤との組合せについて、その主張のとおり3つに分類して挙げていること、被告補助参加人指摘の英国特許明細書には、前記分類のうち、③の塩化白金酸の触媒で硬化するポリシロキサン系離型剤が記載されていること、及びジメチルシロキサンの硬化前の分子の大きさは臨界的でなく、粘度が非流動ガムの範囲まであること、並びに被告補助参加人主張のように引用例に「この発明においては・・・オルガノポリシロキサンであればどのようなものでも使用できる。」旨の記載があることは認めるが、引用例記載の発明では、シリコーン離型剤に離型性調節剤としてポリイソブチレンを添加することが不可欠要件であるから、この場合にはどのようなオルガノポリシロキサンでも使用できるという意味の記載と解せられ、この要件を満たさない別の発明におけるポリシロキサンまでがこれに該当するとの被告補助参加人の主張は当を得ない。

2 相違点②についての判断の誤りについて

本願発明が、シリコーン硬化被膜相互あるいは他の面との密着におけるブロツキング現象の防止を目的とするものであるのに対し、引用例記載の発明は、基材表面に調節可能な離型性を得ること、すなわち、接着剤、粘着剤に対するシリコーンの強弱さまざまの剥離性を得ることを目的としており、両者に共通点は全くなく、その技術分野を異にする。すなわち、本願発明においては、その組成物が紙、ラミネート紙又はプラスチツクフイルム等のシール状体に適用されることにより、①離型性被膜形成作業を前述のとおり極めて低温度、短時間で完了することができ、基材シート面に強固に接着し、優れた離型性を有する硬化被膜が得られ、②硬化被膜の面は、これを相互にあるいは別の面と密着させてもブロツキング現象がみられず、③接着テープ等のシート状製品を工業的規模で高い生産能率をもつて製造することができるなどの優れた作用効果を奏するものであるところ、このような作用効果は、非ブロツキング性について全く記載も示唆するところもない引用例からは当業者が予測し得ないところである。なお、ブロツキング現象が本願発明の特許出願前に周知であつたとの被告及び被告補助参加人の主張の事実は争わないが、当時使用されていたシリコーン離型性被膜では、ブロツキング現象の解決が最大の課題であり、本願発明は、引用例に全く示唆されていない高粘度のオルガノポリシロキサンを用い、(イ)、(ロ)及び(ハ)の成分の組成を採用することにより、初めて非ブロツキング性に優れた離型性被膜を得たのであるから、本願発明が進歩性をもつことは明らかである。離型性から非ブロツキング性を容易に推考し得ないことは、シート状基材面にシリコーンの離型性被膜を形成させる工程における離型性及び非ブロツキング性の工業的意味を考察することにより明らかである。すなわち、この場合、離型性は、粘着剤と基材上のシリコーン塗膜との剥離力の問題であるが、非ブロツキング性は、ロール巻きした剥離紙自体に起こる問題であつて、両者は発生の時、場所及び要因を異にし、相互に類推し得ないものであるから(本願発明の明細書中第4表のデータがこのことを示している。)、本願発明の非ブロツキング効果は、引用例及び丙第1号証に基づいて予測し得るものではない。

被告補助参加人は、本願発明は、基材の離型性を付与する点で引用例記載のものと同じである旨主張するが、引用例記載の発明は専らシリコーン離型剤をあくまでも離型剤として用いることを目的とし、離型性調節剤をポリシロキサンに対し100重量部まで添加することによつて、「現在知られているシリコン系離型剤ほどに強力でない離型性を有するシリコン離型剤を得る」(甲第3号証第1欄第22行ないし第24行)という離型を重くする目的を達しようとするのであるから、シート状基材面に非ブロツキング性と離型性を併有した被膜を形成することを目的とする本願発明とは、技術的思想、発明の構成及び効果を異にするものである。引用例や丙第1号証などに開示された既存の技術は、いずれもシリコーン離型剤を専ら離型剤としてのみ用いるものにすぎず、本願発明がこれらから示唆される余地は全くない。また、被告補助参加人は、引用例記載の発明はそのポリシロキサンに離型性調節剤であるポリイソブチレンが含まれている点を除けば、本願発明と全く同一であると主張するが、引用例記載の発明から離型性調節剤を除けば、その特許出願前から公知のシリコーン離型剤とそれを用いる離型方法が残るだけであり、これは本願発明とは無縁な技術的思想である。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であつて、原告主張のような違法の点はない。

1 原告主張41について

引用例記載のポリシロキサンは粘度30万センチストークス以上(25℃)に関する限定がない点で本願発明の(ロ)成分と相違するが、本願発明の明細書中の粘度に関する記載は、「粘度30万センチストークス以上(25℃)」(明細書第4頁第7行)、{この分子量は25℃における粘度30万センチストークス以上であるものとすることが好ましい。」(明細書第10頁第2行ないし第5行)、実施例1における粘度250万センチストークス(25℃)及び実施例2における粘度250万センチストークス(25℃)と280万センチストークス(25℃)の5個所にあるのみで、これらの記載からみて、本願発明の(ロ)成分の「30万センチストークス以上(25℃)」という限定は、本願発明の作用効果との結びつきにおいて、臨界的な意味をもつものとみることはできない。したがつて、引用例に、分子鎖中にビニル基がけい素原子に直接結合したシロキサン単位を含んでもよい旨が示唆されている(甲第3号証第2欄第21行ないし第39行)以上、本願発明において、(ロ)成分に前記高粘度のポリシロキサンを採用することは、当業者であれば容易になし得るところである。

2 原告主張42について

一般にブロツキング現象が高分子材料からなるフイルムにおける問題点の1つであることは、本願発明の特許出願前周知の事実(乙第1号証及び第2号証)であつて、離型性フイルムにおいても、ブロツキング現象を起こさないことが望まれることは当然であるから、オルガノポリシロキサン組成物からなる離型性フイルムを製造するに際し、非ブロツキング性の優れたものとなるよう材料を選択使用することは、当業者ならば、実験的に適宜行うことである。したがつて、本願発明において(イ)、(ロ)及び(ハ)の成分を採用したことによつて、離型性被膜の非ブロツキング性が優れたものとなつたとしても、それをもつて、本願発明の効果が顕著であるということにはならない。

第4被告補助参加人の主張

被告補助参加訴訟代理人は、被告の前記主張に加えて、次のとおり述べた。

1  原告主張41について

引用例記載の甲ポリシロキサンが重合度200で、その粘度が計算上372センチストークス(25℃)であることは争わないが、引用例記載の発明は、その特許出願前公知のシリコーン系離型剤の離型性を弱め、適度の離型性を有する離型剤を得るためにポリイソブチレンを添加する発明であるから、その使用態様も必要により適当な溶剤で希釈し、プラスチツク、紙等の各種基材に塗布し、硬化させて基材に離型性を付与するものである。したがつて、本件審決の引用部分を含め引用例におけるポリシロキサンに関する記載部分、すなわち引用例第1欄第48行ないし第2欄第67行の記載部分に示されたポリシロキサンは、引用例の出願前に公知であつたシリコーン系離型剤の説明である。原告は、引用例に化学式をもつて具体的に示された甲ポリシロキサンの重合度が200である以上は重合度(粘度)におのずから限度がある旨主張するが、右主張は、引用例における「この発明においては上記の(a)の記載に適合する硬化可能なオルガノポリシロキサンであればどのようなものでも使用できる。・・・例えば下記のオルガノシロキサンポリマーと硬化剤はこの発明に適している」(甲第3号証第1欄第47行ないし第52行)との記載を無視したものであり、甲ポリシロキサンはあくまで1例にすぎない。すなわち、引用例には、右記載に続いて、ポリシロキサンの種類と硬化剤との組合せを3つに分類し、①空気中の水分で硬化するタイプ、②架橋剤としてエチルポリシリケートを用い加熱により硬化するタイプ、③硬化触媒として塩化白金酸を用い加熱により硬化するタイプのものを、シラノール末端ポリジメチルシロキサンガムとメチルハイドロジエンポリシロキサンとを主剤とするタイプのものとともに挙げており(同号証第2欄第8行ないし第14行)、ポリシロキサンに関し化学式をもつて記載してあるのは、単に便宜のためであり、したがつて、化学式に示された重合度に制限されるものではない。のみならず、右③のタイプに属するポリシロキサン系離型剤は引用例の特許出願前に公知であり、英国特許第862、361号明細書にこれが各種ポリシロキサン系離型剤の1種として記載され(丙第1号証第2頁第103行ないし第108行)、しかも、同号証第2頁第122行ないし第127行には、「このジメチルシロキサンの硬化前の分子の大きさは臨界的ではない。このシロキサンは、粘度500センチストークス(25℃)の比較的低重合体状物質から非流動ガムの範囲のものであることができる」旨の記載がみられ(なお、丙第2号証によると、シリコーンラバーは、約100万センチボイズの高粘性流体で、分子量約50万、約5000のシロキサン単位をもつ。)、このようなポリシロキサン系離型剤の分子の大きさに関する事実が引用例の特許出願前に知られており、かつ 丙第1号証に示されているようにポリシロキサン系離型剤は重合度の広い範囲にわたつて使用され得るものであることも知られていることからみても、引用例記載の甲ポリシロキサンはあくまで1例であつて、引用例記載のものの重合度はそれに限定されないと解すべきである。なお、本願発明の明細書の実施例には、粘度30万センチストークス(25℃)よりはるかに高い粘度250万センチストークス(25℃)及び280センチストークス(25℃)のポリシロキサンを用いたものが記載されているが、粘度30万センチストークス(25℃)前後のものを用いた例が記載されておらず、したがつて、粘度30万センチストークス以上(25℃)の点に臨界的意義があるかどうかは不明である。また、本願発明の明細書には、本願発明の(ロ)成分の粘度限定と非ブロツキング性その他の作用効果との関係を示す記載もない。もともと、本願発明の(ロ)成分は、昭和53年8月7日付の手続補正書による補正前には粘度の限定がなかつたものであり、原告指摘の本願発明の特許公報(甲第2号証)第2頁第3欄第11行ないし第42行の記載も(ロ)成分の効果の説明ではなく、(イ)成分、粘度限定のない(ロ)成分及び(ハ)成分からなる組成物を用いた場合の効果の説明であり、しかも、同公報第3頁第5欄第14行ないし第19行には、耐ブロツキング性は「トリオルガノシリル基で封鎖されているものの方が好ましい。また、これはその分子量についても特に制限はないが一般には25℃における粘度が30万センチストークス以上であるものとすることが好ましい。」と説明し、非ブロツキング性は分子量よりは(ロ)成分の化学構造にむしろ関係があることを示唆している。したがつて、本願発明は、出願公告決定当時においては、比較的低粘度のものであつても同等に使用することができるものとし、30万センチストークス以上の高粘度のポリシロキサンが低粘度のポリシロキサンに比して格別顕著な効果を奏するものとしていなかつたものと解される。なお、原告主張のはじき現象については、本願発明の明細書に何ら記載がない。のみならず、原告は、特許庁の審理過程においてもそのような効果については何ら主張していないのであるから、本訴においてこのような主張をすることは許されるべきではない。仮に、右主張が許されるとしても、本願発明は「シート状基材面に非ブロツキング性の離型性被膜を形成する方法」に関し、被膜を形成させるシート状基材面は非浸透性基材面に限定されているわけではなく、紙のような基材面(第2号証第1頁第2欄第17行ないし第21行)にも形成させる方法を含んでいるから、はじき現象のないことに基づく原告主張の効果は、本願発明の特定の1実施態様の効果にすぎない。そのうえ、ポリシロキサンは、30万センチストークス以上(25℃)の高粘度であろうと低粘度のものであろうと、有機溶媒の種類、量を適宜選択すれば、ポリエチレンラミネート紙のような非浸透性基材面にも塗布できる。したがつて、はじき現象の点でも、本願発明の(ロ)成分の粘度限定には臨界的な技術的意義はない。更に、原告は、引用例記載の発明は本願発明と目的を全く異にするから、引用例記載の甲ポリシロキサンは本願発明の(ロ)成分とはその重合度、粘度等を異にする等主張するが、本願発明は、特定のオルガノポリシロキサン組成物をシート状基材面に塗布し、次いで、加熱硬化させることからなるシート状基材面に非ブロツキング性の離型性被膜を形成する方法に係るものであり、したがつて、本願発明は、シート状基材面に離型性の被膜を形成すること、すなわち、基材に離型性を付与することが主要目的であることは明らかであつて、この点では引用例と同じであり、ただ本願発明ではその方法で付与された離型性被膜が非ブロツキング性を有しているとしているのに対して、引用例にはその被膜面が非ブロツキング性を有するか否かが明記されていない点が異なるにすぎない。

2  原告主張42について

引用例には、非ブロツキング性についの記載はないが、引用例記載の発明は、ポリシロキサンを用いて基材面上に塗布し、加熱硬化して離型性被膜を形成するものであるから、引用例のポリシロキサンに離型性調節剤(ポリイソブチレン)が含まれている点を除けば、本願発明の方法と方法自体として全く同一である。しかも、引用例記載の発明は、ポリシロキサンの強い離型性を調節するために離型性調節剤を加えているのであるから、離型性の調節の必要のない場合は離型性調節剤を用いないことが当然考えられることであり(これは、引用例記載の発明の前提技術に当たる。)この場合は、離型性被膜を形成する方法としては、本願発明と全く同じになる。このように引用例は本願発明と同じ方法を示唆しているものであり、方法が同一であればその効果も同一であるから、本願発明の方法で得られる被膜が非ブロツキング性であるというのであれば、引用例の教示する方法で得られる被膜も非ブロツキング性であるはずである。しかも、本願発明は、明細書の記載からは、非ブロツキング性の点でもポリシロキサンの粘度30万センチストークス(25℃)に臨界性があるといえないことは、前述のとおりである。また、本願発明の明細書には、本願発明においては、片面のみ又は両面のいずれであつてもそれらの面がブロツキングを起こすことがない効果を奏する旨説明され、本願発明は片面のみの非ブロツキング性が問題となるような粘着テープの製造法も含まれているところ、その明細書中第4表の記載によれば、本願発明のポリシロキサンは、比較例に比し、片面ブロツキング性について多少優れている結果が示されているにすぎない。他方、丙第3号証によれば、引用例に具体的に記載されているような低粘度ポリシロキサンと高粘度ポリシロキサンとは少なくとも片面の非ブロツキング性については効果上の差異はなく、両面のそれも僅少の差にしかすぎない。

したがつて、本願発明の奏する効果も予想できる程度のものとした本件審決の判断は正当である。

第5証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 本件審決は、以下に説示するとおり、本願発明と引用例記載のものとの相違点に関する判断を誤り、ひいて本願発明は、引用例記載のものから当業者が容易に推考し得た程度のものとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第2号証(本願発明の特許公報)及び第7号証(昭和53年8月7日付手続補正書)を総合すれば、本願発明は、紙、ラミネート紙、プラスチツクフイルムなどのシート状基材面に、非ブロツキング性に優れた離型性被膜を形成する方法に関するものであつて、従来、紙、加工紙などの基材と粘着性物質との間の接着ないし固着を防止する方法として、基材面に離型性(はく離性)の被膜を形成する方法が知られており、この離型性被膜を形成するための組成物として、各種のオルガノポリシロキサン組成物が公知であるが、これら公知の組成物は縮合反応によつて硬化する機構のものであるため、その加熱処理を30ないし60秒のような短時間で行わせるためには、これを150ないし180℃の比較的高温で熱処理しなければ十分な硬化被膜が形成されないという不利があるほか、このようにシリコーン処理面が十分熱処理されていても、その処理面を相互に密着させると、ここに発生するブロツキング現象のためにこれを無理に引きはがすと処理面が破損するという不利があり、したがつて、これを紙などの基材の両面に処理することなどは回避しなければならないという欠点があるほか、従来の離型剤は触媒として人体に有毒な有機すず化合物を使用するものであるため、これにより処理された紙、プラスチツクフイルム類は食品関係の包装材として使用することができないという不利もあつたところ、本願発明は上記の種々の不利を解消して、紙、ラミネート紙、プラスチツクフイルムなどのシート状基材面に非ブロツキング性の離型性被膜を容易に形成することのできる方法を提供することを技術的課題とし、右課題を達成するため、前記本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載と同じ。)のとおりの組成からなるオルガノポリシロキサン組成物を使用し、右組成物をシート状基材面に塗布し、次いで加熱硬化させることによつて、50ないし100℃で30ないし60秒、100℃(とくに140℃)以上にすれば5ないし30秒以内のような比較的低い加熱温度で、かつ、極めて短時間の加熱処理で十分な離型性を備えた硬化被膜を確実に形成させることができるだけでなく、この加熱処理によつて硬化被膜(離型被膜)を形成させた離型紙をロールで巻き取つたときに、離型被膜の形成が片面のみ、あるいは両面のいずれであつても、それらの面がブロツキングを起こすことがないので、離型紙を極めて高い生産能率で、かつ、何らトラブルも伴うことなく製造することができ、得られた離型性被膜を有するシート材料は、食品関係の包装材料、各種容器などに安心して使用することができるという作用効果を奏するものであること、そして、実施例2には、本願発明の(ロ)成分を粘度250万センチストークス(25℃)又は280万センチストークス(25℃)のものとした実験No.7ないし12と比較例(実験No.13ないし16)のブロツキング性試験結果が表示され、その剥離抵抗値(g/2インチ幅)は実験No.7ないし12(本願発明のもの)は片面の場合いずれも0(右比較例では、2ないし8)、両面の場合0ないし20(右比較例では、いずれも接着面破損)であつて、本願発明のものは、比較例に比し、片面及び両面の場合とも非ブロツキング性に優れていることを認めることができる。被告及び同補助参加人は、本願発明における(ロ)成分について30万センチストークス(25℃)以上という粘度限定は、臨界的な意義を有しない旨主張するところ、前掲甲第2号証及び第7号証によれば、本願発明の明細書の実施例には、右(ロ)成分につき30万センチストークス(25℃)よりはるかに高粘度の250万センチストークス(25℃)及び280万センチストークス(25℃)のものを用いた前示の例が記載されているのみで、30万センチストークス(25℃)前後のものを用いた例については記載されていないことが認められるけれども、本願発明の明細書全体から、さきに認定したとおり、本願発明のもの((ロ)成分については30万センチストークス以上(25℃)の粘度を要件とする。)が優れた非ブロツキング効果を奏することを認めることができる以上、30万センチストークス以上(25℃)の数値自体に臨界的意義がないものとすることはできず、丙第3号証も右認定を覆すに足りない。すなわち、成立に争いのない丙第3号証によれば、同号証は被告補助参加人の研究員の実施した非浸透性基材に対するオルガノポリシロキサン組成物の塗布性試験及びブロツキング性試験の結果を記載したものであるが、同試験の試料番号ⅵ及びⅶのものは、本願発明の要件を数値上充足する組成物であつて、試料番号ⅶのものは溶媒を欠く固形物であること、試料番号ⅶのものは固形のため紙上に展開不能であつたが、その他の試料はいずれもポリエチレンラミネート紙上に滴下展開したうえ150℃のオーブンで1分間加熱されたものであることが認められ、一方、前掲甲第2号証及び第7号証並びに成立に争いのない甲第3号証(引用例)によれば、シート状基材面にオルガノポリシロキサン組成物の離型性被膜を形成させる場合、多量の揮発性物質を溶剤として用いることは、本願発明の特許出願当時において自明のところであつて、本願発明の明細書の実施例ではいずれも70重量%以上のトルエンが、引用例のものもこれを下らない量比の溶剤がそれぞれ用いられていることが認められ、また、本願発明は、低温、短時間の熱処理による硬化被膜の形成を技術的課題とするもので、その組成物をシート基材面に塗布し、50ないし100℃で30ないし60秒、100℃(とくに140℃)以上にすれば5ないし30秒以内の比較的低温で極めて短時間の加熱処理により前述の優れた物性を有する硬化被膜が形成される作用効果を奏するものであることは前記認定したとおりである。してみると、丙第3号証の試料番号ⅵのものは、右に述べた場合に比し高温、長時間の加熱がなされた点において、試料番号ⅶのものは溶媒を欠く点においていずれも本願発明の適切な実験例ということはできず、これら試料による非ブロツキング性の試験結果は、本願発明の前記作用効果を否定することにならない。なお、被告補助参加人は、補正(昭和53年8月7日付)前の本願発明の明細書の記載を挙げて、補正前の明細書において(ロ)成分の粘度限定がなく、比較的低い粘度のものも同等に使用できるものとされていた等補正前の明細書を根拠にして粘度限定の効果を云為するが、本願発明は、適法になされた(このことは、本件審決理由の要点に徴し、明らかである。)右補正後の明細書を基準とすべきものであるから、右補正前の明細書を根拠とする被告補助参加人の主張は採用するに由ない。

2  一方、引用例記載の発明が、その出願前に公知であつたシリコーン離型剤の離型性を弱め、適度の離型性を有する離型剤を得るため、ポリイソブチレンを添加した発明であること、及び引用例に本件審決認定のとおりの記載内容のあることは、当事者間に争いがないところ、右事実に前掲甲第3号証(引用例)を総合すれば、引用例は、昭和42年9月12日特許庁資料館に受け入れられたアメリカ合衆国の同年6月27日特許に係る明細書であつて、その発明は、公知のシリコン系離型剤ほどには強力でない離型性を有するシリコーン離型剤を提供するほか、ほとんどの場合に要求どおりの離型性を有する離型剤が使用できるように強弱さまざまの離型性を有する一連の離型剤を提供すること、更には、離型性が時間の経過によつてもほとんど変化しないような離型フイルムを提供することを技術的課題ないし目的とし、右課題ないし目的を達成するため、(a)及び〔(C6H5)2SiO〕からなる群から選ばれる単位0ないし15モル%と、本質的に残余の単位を構成する単位(ただし、Rはメチル基及びエチル基からなる群から選ばれる基である。)とから本質的に構成され、遊離ラジカルを利用しない方法によつて硬化して弾性体となるポリオルガノシロキサンに、(b)イソブチレン単位から本質的に構成され、分子量が400を超えるポリマー材料を混合する技術手段について教示し、次いで、ポリシロキサンの種類と硬化剤との組合せについて、(1)空気中の水分で硬化するタイプ、(2)架橋剤としてエチルポリシリケートを用い加熱により硬化するタイプ、(3)硬化触媒として塩化白金酸を用い加熱により硬化するタイプに分類し(以上の事実中、ポリシロキサンと硬化剤との組合せを3分類していることは当事者間に争いがない。)その具体例として、(イ)(甲ポリシロキサン)と(ロ)〔(CH3)3SiO〕2と(ハ)硬化触媒として塩化白金酸とからなる組成物を記載していることを認めることができ、前記の甲ポリシロキサンが重合度200であることは原告の認めるところであり、その粘度が計算上約372センチストークス(25℃)であることは被告の明らかに争わないところである。

3  そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比するに、両者の間に本件審決認定のとおりの相違点①及び②があり、その余の点について、両者は、軌を一にするものであることは原告の認めるところ、原告は、右相違点に関する本件審決の判断を争うので、検討するに、前認定の事実によると、本願発明と引用例記載の発明とは、本願発明が非ブロツキング性離型性被膜の形成を技術的課題とするものであるに対し、引用例記載のものはポリイソブチレンを添加することにより離型性を調節することを技術的課題とするものであつて、非ブロツキング性離型性被膜の形成を示唆する記載は全くないから、両者はその技術的思想を異にするものというべきであり、その組成物も、相違点①に示されたとおり本願発明の(ロ)成分は30万センチストークス(25℃)以上の粘度を有するに対し、引用例記載のものの本願発明の(ロ)成分に相当する具体例である甲ポリシロキサンは前示のとおり粘度約372センチストークス(25℃)であつて、両者が異なることは明らかである。被告補助参加人は、引用例記載の甲ポリシロキサンは一例示にすぎず、引用例記載の発明において、本願発明の(ロ)成分に相当するものの重合度、粘度は限定されない旨主張し、引用例に、被告補助参加人主張のとおり、「この発明においては、右(a)の記載に適合する硬化可能なオルガノポリシロキサンであれば、どのようなものでも使用できる」旨の記載があることは、原告の認めるところであるけれども、右記載から直ちに被告補助参加人主張のように解することは、前認定の引用例記載の発明の課題、目的及び技術的思想に照らし、相当とはいい難く、引用例記載のオルガノポリシロキサンの粘度はおのずから具体例に示された粘度範囲を極端に超える本願発明の(ロ)成分を含むものとは解することができない。なお、この点に関し、被告補助参加人は、丙第1号証及び第2号証を援用するところ、成立に争いのない丙第1号証によれば、同号証は、イギリス国特許明細書であつて、シロキサン離型剤を用いたポリウレタンフオーム及びその製造方法に関するものであつて、これに「硬化する前のジメチルシロキサンの分子の大きさは臨界的ではない。シロキサンは、500センチストークス(25℃)の粘度をもつ相対的に重合度の低い材料から流動しないガムの間を変動する」との記載(右記載のうち、硬化前分子の大きさが臨界的でないこと、及び粘度が流動しないガムの範囲まであることについては、原告の認めるところである。)があること、また、成立に争いのない丙第2号証には、シリコンラバー重合体は約1000万センチポイズの高粘性流体で分子量約50万、約5000のシロキサン単位をもつ旨の記載があることを認めることができるが、これら丙号各証には、高重合度、高粘度のポリシロキサンに関し、その余の具体的記載がないから、右丙号各証の記載から直ちに引用例におけるポリシロキサンの粘度もまたこれと同様のものと一概に解することは困難であり、したがつて、右丙号各証は前段認定を左右するに足りず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。更に、被告補助参加人は、引用例記載の発明において離型性の調節の必要がない場合は、離型性調節剤を用いないことは当然であり、これは引用例記載の発明の前掲技術に当たり、この場合は離型性被膜を形成する方法としては本願発明と全く同一となるから、同一の効果を奏すべく、したがつて、引用例記載の発明が教示する被膜も非ブロツキング性を有する旨主張する。しかし、前認定説示のとおり本願発明と引用例記載の発明とはその技術的思想を異にし、本願発明の(ロ)成分と引用例記載の発明における本願発明の(ロ)成分に相当するポリシロキサンとがその粘度を著しく異にするものである以上、本願発明と引用例記載のものとが非ブロツキング性の離型性被膜を形成する方法として同一であり、同一の効果が得られるものとは認め難く、したがつて、被告補助参加人の叙上主張は採用する限りでない(なお、前掲甲第3号証及び丙第3号証によれば、丙第3号証中の試料番号ⅰないしⅴは引用例記載の発明の組成物に関するものであつて、右ⅰないしⅴの試料の非ブロツキング性の試験結果が示されていることが認められるところ、右結果は前掲甲第2号証により認められる本願発明記載のものの非ブロツキング性についての試験結果に比し劣ることは明らかである。)また、被告及び同補助参加人は、離型性フイルムにおいてブロツキング現象を起こさないことが望まれるのは当然のことであるから、オルガノポリシロキサン組成物からなる離型性フイルムを製造するに際し、非ブロツキング性の優れたものとなるよう材料を選択使用することは、実験的に適宜なし得ることである旨主張するが、たとい、離型性フイルムにおいてブロツキング現象の防止が本願発明の特許出願前に望まれていたにしても、引用例記載の具体例の重合度200(約372センチストークス(25℃)あるいは約700センチストークス(25℃))のポリシロキサン成分に代えて、これよりはるかに高い粘度を有する30万センチストークス(25℃)以上のものを使用することは、前叙のとおり引用例記載の発明が高粘度のものを使用することにより非ブロツキング性の離型性被膜が形成される旨開示しているわけではなく、しかも、前示本願発明の優れた非ブロツキング性の効果を参酌すれば、引用例の記載に基づいて適宜材料を選択使用することによりなし得るものということはもとより、その効果も予測し得る程度のものということはできず、したがつて、被告及び被告補助参加人の叙上主張も採用することはできない。

そうであるとすれば、本願発明をもつて引用例記載のものから容易に発明をすることができるとした本件審決の判断は誤りというほかない。

(結語)

3 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条並びに民事訴訟法第89条及び第94条後段の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 高山晨 清永利亮)

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